其の八 古道旧道現在の道そして未来を繋ぐ道

 暫定税率が期限切れになったことで安くなったガソリン。
 その反面、それを財源としていたという道路事業が中止になる例も報じられています。



 国道42号線を尾鷲から熊野へ向かう。そこには矢ノ川峠が待ち受けています。



 その矢ノ川峠に旧道があったことは一世風靡其の三で取り上げています。
 矢ノ川峠が通う前は安全策道で峠越えをしていた歴史もある。

 歴史、となるとさらに深い。近年世界遺産として売り出した「熊野古道」がここに存在します。



 熊野古道で尾鷲から熊野へ向かう場合、八鬼山峠を越えることになります。



 八鬼山は熊野古道の中でも険しい道。現在歩いてここを通過するには数時間かかる。
 観光資源として目を付けたことから、バスなどの交通手段が確保しやすくなって比較的訪れやすくなっていますが、日帰りでのルート設定が難しい。



 では、古道へ入って見ましょう。



 石畳の山道が延々と続いている。
 晴れた日には問題ないが、ひとたび雨に濡れると滑りやすいと思われる。



 木々の間から現代の道矢ノ川峠を望むことが出来る。
 矢ノ川峠と八鬼山峠は谷を挟んだ別の尾根にある。



 世界遺産登録に反対した土地の所有者が強硬手段に出た。
 岩や木に落書きをすることで景観を落とし、世界遺産登録を妨げようと言うこと。



 世界遺産に登録されると、土地に手を加えることが大幅に制限される。
 地権者にとって見れば自分の土地を弄れない、半ば取り上げられた様な感じになるものか。



 木も切りたいだろう。野草も採りたいだろう・・・
 こうなる前に手を入れていれば、あるいは世界遺産にはならなかったか?



 世界遺産であるから、訪れる人も世界から。
 彼らはこの事態をどう見たか。どう感じたか・・・



 何ほども進んでいないが行き倒れ巡礼供養碑。
 古の熊野詣では体や心に病を持つ人が多く、険しい道のりに倒れることもあったという。

 このまま進むと行き倒れになりかねないのでここで引き返す。



 国道へ戻ると、新しい道を造っているところだった。
 すでに標識がマスキングされて立っているところを見るに、近々に開通するようだ。



 新しい道は、矢ノ川側ではなく八鬼山側にトンネルを掘った。
 安全を求めて八鬼山を捨てた現代の道。旧道もしかり。

 未来の道は、再び八鬼山に回帰する。

 現代の矢ノ川峠は走りやすい道である。危険は少ないと思う。交通量自体も多いというほどではない。



 なぜここに新しい道を造るのか。
 それは、この地が国内有数の雨が降る町であるからだ。

 ひとたび雨が降れば、峠は通行止めとなってしまう。晴天時には快適な峠道も強い雨ではとても危険なものとなるからだ。
 そんなこの地の交通を確保するために、新しい道は造られた。

 やがては紀勢道と連結して中央への連絡を強化しようと言う物だが、先にこの熊野尾鷲道が開通するのはそうした事情があるからだ。地方にとって大切な道であるということ。



 八鬼山峠の尾鷲口にある碑にはこうある。

 「ままになるならあの八鬼山を鍬でならして通わせる」

 それだけ悲願だった交通の確保。もうすぐその願いが実現される。
 鍬でならすことはかなわなかったが、八鬼山に穴を開けて通わせることになるとは古代の人々には想像付かなかっただろう。

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