ツアラーとレプリカの600km

 ツーリングにほぼ関係ない話だが、この夏、海で携帯を水没させてしまった。
 長年使ってきたキャリアだが、水濡れの全損は修理のサービス対象にならない。機種変更する方が安かった。しかし、今更そのキャリアで機種変更するメリットは何も無かった。厳密に言えば携帯ではなく、未だにPHSを使っていたからだ。
 仕事にも必要なので、すぐに新しい携帯を手に入れた。今度は本当に携帯電話、新規加入だからタダ同然。PHSと比べりゃ通話品質ガタ落ちのため妻にはかなり不評だが、それ以外にはほとんどデメリットは無い。PHSが圏外になってしまう鳥羽の実家でも使えたし、高速走行中の車でも普通に会話できた(もちろんハンズフリーを使って、だ)。オフも走る自分には山間部、特に林道の中でも通じるようになったのが一番大きいか。
 しかし、まったく別のキャリアに変更でメアドはもちろん、PHSからではナンバーポータビリティも無いので番号も変わってしまった。変更したことを友人その他すべてに伝えなければならない。しかし肝心の前の電話機は起動不能、アドレス帳のバックアップは1年近くも前のものしか無かった。結局、伝える必要がある人すべてに連絡するのに、1ヶ月近くもかかってしまった。
 
 その、携帯変更の連絡メール。回した中には、もちろんヤツも居た。
 前の支店の同僚、つき合いは15年になるか。ヤツとはこの10年ほど、年に1,2回のペースで一緒に走ってきた。別の支店勤務になって5年ほど経った今では普段ほとんど連絡を取り合うことは無いが、時期が来るとどちらからともなくツーリングの話が出る。そういう仲だ。
 しかし、昨年はいつもの時期に自分がバイク屋主催のツーリングに参加したため、一緒に走る機会が無かった。それ以来、1年ほど連絡を取っていなかったのだ。
 久しぶりに送ったメール。バイク生きてるか?また休み合わせて行こうぜ!…と付け加えた。
 最近走ってない、欲求不満で爆発寸前だ!…と返ってきた。バイクはオレのファンデューロと同様、車検通したばかりで調子良いらしいが、元々オレと違って一人で走り回るタイプじゃない。よし、ならば久々に…
 
 午前5時半。待ち合わせはいつもの喫茶店。
 場所的にはオレ達2人のどちらの家からも遠い。以前はもう一人、この店の近くに住む仲間が居たのが理由の一つだが、そいつがバイクを降りた今も変わらずここに集まっている。24時間営業でGS併設、ツーリングの出発地にこれほど打ってつけの場所はなかなか無いから。
 いつものように朝食を摂りながらヤツを待つ。ヤツが時間通りに来たことはほとんど無い。今回も「5時半〜6時ぐらいに行く」と曖昧な時間を言ってきているから、6時より前に来ることはまず無いだろう。コーヒーを大きめのカップで注文し、ヤツの遅刻に備える。
 しかし、今回は意外にも早く、ちゃんと時間通りにやってきた。
 5時50分、ヤツのバイクがファンデューロの隣に停まった。
 特徴的なカムギアトレーンのメカノイズ、重なるV4の野太い排気音。ヤツのバイクは、ホンダRVF400。バリバリのレーサーレプリカだ。
 短いサイクルでコロコロとバイクが変わるオレと違って、ヤツはずっと変わらずRVF。一度盗難の被害にあっても、やはり買い直したバイクはRVFだった。
 ヤツとツーリングに行くことは、レプリカと同じスピードで走ることを要求されるということ。もちろんある程度まではオフロードバイクでも対応できる。でも、一度だけXRでヤツと走った時、狭いワインディングで引き離すもトータルでは明らかにスピード不足だった。結局、メインとしてはオフロードバイクに乗りながら、わざわざ2stオンロードをセカンドバイクとして乗り続けていたのは、ある意味ヤツと対等に走るためだ。
 
 ヤツとのツーリングは、だいたいいつも同じ時期、同じ行き先。特に10月からの新蕎麦を食すために、一軒の蕎麦屋を目指して走るツーリングを毎年のようにおこなってきた。
 今回、ヤツと休みを合わす事が出来たのは、9月の半ば。蕎麦には少し早い。どうする?「もう少し先まで行ってもいいぞ」…ならば、いっそ本来のオレのツーリングについてきてみるか?
 ヤツと走る「かっ飛びツーリング」は、オレにとっては「別の顔」だ。ソロのときは、オフ車で林道も交えながら長距離を淡々と走る。日帰りでもまず400km以上。500km程度までなら高速使わなくても日帰りの許容範囲と考える。
 半ば冗談のつもりで600kmを超える日帰りプランをヤツに提案してみる。驚きつつも否定はしてこない。それどころか、「革ツナギ着てった方がいいか?」とすっかり乗り気。いいだろう、じゃあ行こうじゃないか。そのレプリカで、最後までオレの長距離ツアラーについてこれるか?
 尾張旭から森林公園を抜け、愛岐道路を多治見へ。毎度使うルートだが、時間の早さでいつもより快適に流れる。実はヤツとのツーリング、こんなに早く出たことはなかった。今回は距離があるので、朝が苦手なヤツを「オレの時間」で動かしている。
 多治見から高速道路へ。中央から東海環状へと乗り継ぎ、東海北陸の美濃インターへと走るつもり。つまり目指すは国道156号線。北陸方面へと走るのだ。
 往路で高速を使うことは自分的には珍しいのだが、今回は時間を優先した。一宮から岐阜へ上がるか、R248で外から回るか。いずれにしても下道ではR156に出るまで結構時間がかかる。以前は高速でも大回りになる分早くはなかったが、東海環状が出来たことで一気に倍速化した。
 
 今のオレにはヤツと走るための「かっ飛びツーリング専用マシン」は無い。でもそれはメインのオフ車がスピード不足だったからで。650のファンデューロなら400レプリカと走ることも容易い。高速でもプラス40km/h程度の加速は5速ホールドのまま、アクセルを捻るだけ。予兆を見せない加速は、前走車を追い越すほんの一瞬、RVFをも置き去りに出来る。
 ただしファンデューロの優位はそこまでだ。そこから先はRVFが伸びる。ミラーに小さくなったRVFが、すぐに大きく迫ってくるのが見える。高速域はやはりヤツのテリトリーだ。
 ほとんど対向2車線の東海環状自動車道。トンネルが多く、そうでないところも高い防音壁で視界はほとんど開けない。カーブは全く無く、単調な直線ばかり続く。
 ショートカットルートとしての効果は計り知れないが、正直何の面白味もない、つまらない道だ。今後、ソロのツーリングなら出発を早めてでも使わない方向で行く…かもしれない。
 美濃インターで高速を降り、R156へ。郡上方面へ、さらに北へと走る。
 長良川の流れを右に左にと変えながら、山へと進むR156。スキーシーズンには大渋滞するらしいが、夏場しか走らないオレにはそんな経験は無い。それでも平日の朝8時という時間は通勤の車が多く、我慢の走りを強いられる。こんな時、ツアラーモデルなら景色を眺めながらのんびり走るのも悪くない。でも前傾のきついレプリカでゆっくり走るのは苦しいか?
 長良川の源流に近いひるがの高原を過ぎ、国道沿いを南向きに流れていた川が北向きに変わる。御手洗川、そして荘川へ。道も同様、いよいよ日本海に向かって走り始める。
 実は、ヤツは郡上より北のR156を走ったことがないらしい。オレはもう何回も…ファンデューロでも一度走ってる。だから荘川になった途端に急に川幅が広くなるのが、10km以上も先にあるダムの貯水湖の始まりだということももちろん知っている。
 御母衣ダム。石と粘土だけで出来た巨大なロックフィル式ダムは、日本一の貯水率を誇る。細いトンネルが続くダム湖畔の道を抜け、道が下り始めると突然眼前に現れる巨大な岩の塊は、「20世紀のピラミッド」と言われるのも頷ける。
 初めてこのR156を通ったのは20年近く前、能登ツーリングの帰り道だったが、その時にこのダムを見た驚きは今も褪せていない。久々に見るその圧倒的な姿に、写真を撮ることも忘れてしまった。
 ひるがのを越えるまでは雲の多い空模様で、もしかして降るかも?と思わせるぐらいだった。標高を上げるごとに気温は下がり、ひるがの辺りでは20℃と、名古屋より10℃以上低い温度に。
 しかし御母衣湖のあたりからは天気も良くなり始め、ダムを越えると明らかに空気が変わった。国道沿いに時々ある温度計の表示も急に上がり出す。
 10時半頃、白川郷の合掌集落に到着。ここまでちょうど200kmぐらい、30分程の休憩を挟んで4時間半はまあまあのペースか。
 久々に合掌村展望台に上がってみる。ヤツは白川郷に来るのも初めてだそうだ。喜々として写真を撮るカップルや団体客に混じって、おっさん二人で撮り合っ…たりはしない。地元のシャッター押しボランティア?の申し出も丁重にお断りする。
 いくつかの合掌集落を横目に見ながら、さらにR156を北上。五箇山まで行ったところで、進路を変えてR304へと入る。
 中低速コーナーの続くワインディングでさらに標高を上げ、長いトンネルを抜ける山越えのルートは、「越中の小京都」城端町を抜け、金沢へと至る。
 長い五箇山トンネルを抜け、城端の町を見下ろしながらハイペースで走るワインディング。ミラーにRVFが迫る。
 ひるがの高原手前のR156など、比較的速度レベルの低いコーナーはファンデューロの方が強い。大柄でもオフ寄りの操縦性はタイトコーナーほど真価を発揮する。短い直線では排気量を利した加速力の差も出る。ひるがの高原では、オレが本気で引き離しにかかったので実はかなりの差が付いた。
 しかし、高速ワインディングは本来の戦闘力の差が出る。いくらファンデューロでも、コーナリング中の安定感ではRVFの足下にも及ばない。アクセルが開けられるシチュエーションではレプリカにかなうはずがない。
 正午過ぎ、いよいよ金沢市内へ。
 R304を下りきったあたりから、また急に空気が変わって一気に30℃を越えてきた。ここのところ名古屋でも涼しくなり始めていたのに、35℃なんていう信じられない表示も。ジャケットの中で吹き出す汗が、それが間違いではないと実感させる。
 金沢…さてどこへ?
 時間的にも昼飯にちょうどいい。ここはやはり土地の名物を…と言いたいところ。一応調べては来たのだけど、実はよくわからなかった。治部煮?ブリの粕汁?…いろいろあるのだろうけど、とにかく北の方ということで、暖かい食べ物ばかりのような。あまりの暑さに一刻も早くジャケットを脱ぎたい気分の今、熱いものを口にすることなど想像もしたくない。
 市内をふらっと走ってみるが、これといって何が見つかるわけではない。とにかく暑い…とりあえずなんでもいいから停まろうと、兼六園など行ってみることに。
 高かったら辞めようか?などとベテランライダーらしからぬ台詞を吐く二人も納得の入園料300円。入口でもらった園内図を見ながら散策開始。
 極端に広いわけではないが、全部見ようと思うと結構歩く。ヤツはレーシングブーツで足が痛いと泣き言を言う。オレはもちろん歩きも考えたトレッキングシューズ。楽勝だ。
 だいたい、おっさんライダー2人で歩くところでもあるまい。いや、庭園見るのが趣味なら別だが。写真撮影中の新郎新婦など横目で見つつ…
 有名な琴柱灯篭ぐらいは、とカメラに収める。いや、実はよく知らなくて…ツアラーと言ってもオレは移動専門、とにかく遠くまで走れれば良しという人間なので、観光地のこととかはどうも疎い。事前に情報を仕入れるのも苦手というか好きではなかったり。
 
 小1時間ほどを兼六園で過ごした後、再び走り始める。金沢市内で給油後、R159をさらに北へ。
 目指すところはもうさほど遠くない。工事中の渋滞もあって流れないR159にイラつきながらも、やがて目的地へとたどり着いた。
 ここが今回の目的地。ただの砂浜ではない、れっきとした「道」だ。
 千里浜海岸、なぎさドライブウェイ。砂浜が固く締まっていて、乗用車やオンロードバイクなんかでもごく普通に走れる。タイヤの細い自転車などでもまずスタックしたりしない。
 オレはここに来るのはもう3回目だ。なんとなく能登半島が好きで、テントを積んで2泊3日のツーリングをすること2回。その2回が2回とも原付。最初はスクーター、次はモンキー。今回初めてまともなオートバイ。
 
 別にここへ何かをしに来たわけじゃない。600kmも日帰りで走るなら、それなりに「ここまで行った」という場所が欲しい。ならば日本海まで走ろう、能登半島の付け根まで行こう、と。もちろんそこには、レプリカを砂浜に引き込んでやろうという悪戯心もあったわけで…
 案の定、大きく離れるRVF。
 黙っていたわけではない。最初から「目的地はなぎさドライブウェイ」と言ってある。北の方にとことん疎いヤツが知らなかっただけだ。説明しておくべきだったか?
 スクーターやモンキーでもごく普通に走れるのだ、RVFでも問題ないはず。ただ確かに今日は遊びに来ている車が多いせいか、細かい轍が多くて少しフロントを取られる。この程度、ファンデューロにはどうってことないが、RVFでは怖いか。
 バイクを停めてしばし休憩。
 広い砂浜、わざわざ他人の車に並べる必要はないのだが、走りにはまったく影響の無い締まった砂地もさすがに細いスタンドは埋まる。たまたま見つけた板っきれ、拾って移動しようにも背の高いファンデューロを片手で支えながらでは地面に手が届かない。
 前に来たときは、こんなに車は居なかった。最初の時などほとんどオレ一人、それがまたいかにも遠くに来た感があって良かったのだが。今回は、車も人もあふれている。9月に入って、いやもうすぐ10月だというのに、海岸に、それも平日に遊びに来ている人がこんなに居るとは。これも猛暑の名残というか、単に今日が暑いからか。商用車や輸送中と思しきトラックまで頻繁に通るのはどうにも理解しがたいが…
 人が多いということで、それを宛にする人たちも居る。海水浴シーズンを過ぎても、まだ営業を続けている焼貝の屋台。
 せっかくだからと、焼きはまぐりなどいただく。ビールも頼みたい…
 「お兄ちゃんたち、今日は能登で泊まり?」
 屋台のおばちゃんにそう聞かれるのももっともだが、オレ達はただここまで来ただけだ。
 「だったらあと2時間は遅く来なきゃ!」
 
 過去2回は原付だったし、特に最初の時はもっと大回りなルートで走ってきたので、ロクに休みもせず走り続けてもここにたどり着いた時はもう日が傾いていた。いつかまたあの日本海に沈む夕日を、と何度も行く気になるが、日帰りでは帰りの時間も考えなければならない。まだまだ真っ青な空と海を眺めながら、あの時の映像を思い浮かべるのみ。
 そう、オレ達は帰るのだ。あと2時間は待っていられない。
 このドライブウェイの終点まで行けば、そこからは南へと進路が変わる。あと数km。少し慣れたRVFを従え、再び砂の上を走る。いつかきっと、ここであの夕日を…
 金沢まで戻り、北陸道へと入る。
 帰りはずっと高速。最初からそういう予定だった。名古屋までおよそ260km。
 石川県を抜ける直前、尼御前SA。季節はずれとも思える今日の暑さを演出した太陽が、海の向こうに沈んでゆく。
 日本海に沿って西へと走り、やがて南へと向かう北陸道が、少しずつ夕闇に染まってゆく。
 200km超の高速ナイトラン。そろそろ体の節々に疲れを感じながらもファンデューロを走らせるオレの肩越しに、ヤツのデュアルヘッドが迫る… 
写真・文 : 河村 敬

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