編集長の執筆室
夏前に買った雑誌なんだが。
「男の隠れ家」という雑誌で、出張の際に東京駅ナカの本屋で買ったやつだ。
全線乗り尽くし個室列車の旅
やっぱコレだよねってことで。
師走の声を聞けば雪も見たくなる頃である。ちょっと時間を作って行ってみたいものだ、北の国へ。
もちろん、個室列車に乗って、だな。
いつになく早めに計画を立て、仕事帰りに駅へ行った。窓口には結構な列。前のヒトが乗車変更で手間取っており、後ろの方の人がブーブー五月蠅い。ワタシは今日乗るわけではないので気楽なものだが。
申込書も書いて持ってたのだ。「北斗星3号B個室」として。
無言で渡された切符。よく見ると、「B4上段」とあった・・・
空いてないのならそれでも構わない。しかし何も言わんで違う切符を売るとはどういうことだ?
その場は長蛇の列に配慮して退散したが、どうにも納得のいくものではない。翌日、今度は隣街の駅へ行った。
我が町の駅は、私鉄とJRの合い作りである。しかも交通の要衝とも言うべき土地柄にあり、駅の利用者もかなり多い。しかし、隣町は、我が町より遙かに大きな街ながら、JRの専用駅であるために利用客はさほど多くない。そこでじっくりと駅員と向き合うことが出来た。
希望は「トワイライト・シングルツイン」と「北斗星1号Bソロ」だ。だいたいから出発地が全然違う切符を依頼するなんて・・・どこから見ても目的は「鉄」であることが明白。それだけに駅員の対応もしっかりとしてくれた。
結果、北斗星1号を確保した。昨日の切符とは乗車区間が違ったのだが、料金が同じために乗車変更での対応となり損金は発生していない。
唐突だが、ミッドランドスクエアである。豊田ビルが立て替えでこのような高層になった。トヨタで潤う中部地区であるからして、ここをまた拠点として大きく発展をして仕事を回して欲しいわけだ(笑)
ここへ昼間に来たのは、「上野発の夜行列車」に乗るためだ。昼に出ないと上野の夜行時間には間に合わんのだ。
ところが。
大阪以西にて、線路内への侵入者があったとのことで、新幹線が徐行運転で遅れていた。このあとの指定席を持っていたのだが、ちょっと時間が気になる。自由席に希望を込めて一本早い(でも本来の出発時間より遅いのだが)列車に飛び乗った。
上野駅には十分な余裕を持ってたどり着いた。
この駅から夜行に乗ったのはもう十年以上前のことである。まだ青函トンネルが出来る前、寝台特急「ゆうづる」が最後だ。その前は結構利用しており、「十和田」や「八甲田」と言った夜行座席急行を利用して周遊券の旅をしたものだ・・・
上野駅15番ホームには鉄な人たちが集っていた。なんだかわからんがみんなカメラを持って。「何か来るの?」とか聞ける雰囲気でもないのでα7を手に近づいて見たが・・・来たのは普通の列車だった。まさかこれが目的ではあるまいに、それでも多くの人たちがシャッターを切る。なんだかよくわからないままに13番ホームへ移動。ここで一枚の掲示板を見た。
この日、北陸にて大雨が降り、北陸経由の夜行列車が軒並み運行停止となっていた。
そのなかには、大阪から日本海を経由する「トワイライトエクスプレス」も含まれていた。切符を確保できなかった同列車だが、結果的に正解になっていたのはまだツキがあるということだろう。
そうこうするうちに乗車する「北斗星1号」が入線してくる。時間はまだ16時半を回ったところ、夜行列車の時間ではないのだが。
運行開始からかなりの年月が経つ「北斗星」だが、これが初めての乗車になる。1号はJR北海道の車両で個室が多く、それが今回の切符確保のカギとなった。JR東日本の3号はBソロが少なく、わりあい一般的な寝台列車だという。時間的にも16時50分発という、まだ夕方で平日は仕事も終わらない時間の1号は、あくまでコレに乗ることが目的になる。到着時間としてもそんなに便利なものではないし。
ともあれBソロの上段に乗り込む。ロイヤルとの合い作り車で、ドアの施錠が一般的なキーになる。全室Bソロ車両だとこれがデジタルパネルになっていたが、この方が気分的には良いかなと。
時間はまだ早いが時期が時期だけに上野駅を発したころには既に暗くなっていた。流れる街の灯りを眺めながら一杯。
寝るまでにはまだまだ時間がある。暗くて何も見えないのだから今のウチに仕事を片付けてしまおう。
24系25型のBソロには残念ながらコンセントはなく、バッテリーが頼りなのは普段と同じ。しかしながら完全に閉鎖された空間であり、仕事するには最適な場所だ。
宇都宮を過ぎるころには既に仕事も片付いた。
昔はほとんどの夜行列車(だけでなく昼の列車にも)に食堂が付いていた。今はどうだろう・・・食堂があるのは北斗星とカシオペア、トワイライトの北海道行き列車だけになってしまった。普段名古屋駅からの利用になる我々には無縁になりかけていた。
北斗星の食堂車「グランシャリオ」は予約でフレンチを食べさせる高級レストランだ。7000円もするディナーも価値としてはあるだろう。今回はそこまでの気がなかったから、一般開放される20時半以降を狙った。思いっきり肩すかしで誰も居ない食堂車にて、ワインとスパゲッティーなどでささやかなディナータイム。
腹がふくれたら少しロビーカーで休憩して。シャワーもあるが使う気などなし。
仙台をすぎたところで早寝することとして・・・
盛岡駅に着いたことはわかった。まだ日付が変わる前だから。
青森駅は、寝ていて過ぎた、と思っていた。
窓の外の音で目が覚める。列車は青函トンネルを走っていた。初めて通る青函トンネル、深夜のためにその瞬間はねらえなかったが。
しかし、どうにも腑に落ちないことがあった。
上野駅を出たとき、自室の窓は左側を向いていた。盛岡でも進行方向左側だった。
青函トンネルが出来る前、連絡線で結ばれていた青森と函館は、どちらも桟橋のためにホームは行き止まりになっている。つまり、列車はそこで方向が変わるようになっている。
ところが、青函トンネルを走る列車の窓は、左側を向いていた・・・
これは帰ってからわかったことだ。北斗星は青森駅構内に入っていなかったのだ。新幹線工事の関係か。ただし展望車のあるカシオペアは青森駅に入っている様だ。そうしないと北海道へ上陸してからはずっと機関車を見続けることになるから・・・
そう、本州にて北斗星の左側が窓だったのはこういうことだ。
函館から室蘭あたりまで、函館本線/室蘭本線は海沿いを走る。そのときに右側を向けるべく、函館で方向が変わるまでは窓を左向きにしていたわけだ。函館にて4時半、それまでは車窓も何もなかろうということでそれは正解。
本州では見られなかった雪が車窓を埋める。北の大地を列車は走っていた。
昨夜に続きグランシャリオで今度は朝食を。一般的なモーニングセットだが、1600円は列車内だから許すというほど高価なもの。ホテルのバイキングならタダだったりするからね、この程度は。
方向が変わったことで最後尾から景色が見えるようになった。貫通扉には格子入りで、カメラは絞りを開放にして被写界深度を浅くすることで格子を写さない工夫が必要になる。ND4フィルターを持ち歩かなかったのは失敗。明るくなってきて開放F3.5ではスローシャッターが使えない。F5.6まで行くと格子が見えてしまう。こうした写真を撮るために買ったNDフィルターなのに・・・
そして列車は、札幌駅にたどり着いた。18時間以上乗っていたが、疲れることもなく退屈することもなかった。
問題はこれからどうするか、だが。
もちろん鉄しにきたわけだから。
函館は朝4時半、真冬ではどうしようもない。長万部から戻ろうかとも思ったが列車の時間が合わない。苫小牧は日高線が出た直後。留萌あたりなら行けそうだが帰りが千歳で搭乗時間を回ってしまう。バスも乗り継ぎ時間が足らない。なにより、どのルートもほとんど乗りっぱなしで昼飯喰う時間さえないというのも困ったもんだ。
半時間後、手稲の駅でバスを待っていた。
時は12月3日、昨日からテイネハイランドが営業を開始していた。
スキー用具一式をレンタルし、わずか1時間だけながら今年の初滑りとした。
スキーが始まったと言うことは、バイクが終わったと言うことだ。
今年も冬にバイクに乗る計画は一切ない。冬に乗るのは板に決めている。もうやめようかとも思っていたスキーだが、これこそライフワークとも言うべきで運動が得意でない自分にとっての唯一の人並みにこなせるスポーツはやめることは出来ないのだろう。
せっかく来たんだからね。
小樽で寿司など食ってみる。いまさら値段がどうのこうのという気など更々ない。少々高めの寿司をおいしくいただく。
最後は運河でも歩いてすごそうか。
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