旧線を追う
三重県鳥羽市と志摩市を分ける五知峠には国道167号線が通っている。昨今の強力な自動車・バイクならばなにほどの問題もない阪だが、かれこれ20年ほど遡ってみると原付バイクなどは少々苦労したものだ。
今この峠を、原付スクーターで登っている。強力なエンジンを搭載したこのバイクならば、簡単に登り切れてしまう。
この峠には、かつて列車が併走していた。近鉄志摩線である。志摩線自体が廃線になったわけではなく、この五知峠を避ける新しいルートがトンネルを掘って開通したため、急勾配で急カーブのある峠の区間は使われなくなった。
バイクや車が性能向上したように、列車も性能自体は上がっている。昔の志摩電時代には低圧電車で、満員の乗客時には上れなかったこともあると聞くが、晩年はそのような事態もなかった。ただ、時代はもっと高速化を求めていたから、カーブが多くてスピードの上げられない路線は改修されたということである。
この路線に特別の速度アップが必要な事情があるわけではない。産業よりも観光が主力というのが実情だから。それは国道167号線も然り。
結局、旅にもスピードが要求されてきたわけだ。
バイクに乗る我々にとっては峠は楽しいところではあるのだが。
白木駅からトンネルを左に見る。右手の留置線方向がかつての山岳路線である。基本的に国道に沿っているため、線のトレースは容易に可能だ。
しかし、年月は徐々にその姿を隠そうとし始めている。線路の剥がされた路盤にはまだ敷石が残っているが、すでに多くの木々に覆われはじめている。木々の向こうに辛うじて保線車両が見えるのがわかるだろうか?やがて完全に林になるだろう。
架線はもちろん無いが、電柱はなかなか撤去できないのでそのまま残されている。
歩き進むのも困難になってくる。やがて目の前をカベに遮られた。
そこまでバイクで移動する。この上には墓地があり、かつては線路を渡っていたわけだが、廃線後そこまで盛り土して通路の便宜をはかったわけだ。ダートであるために奥まで入ってみるが、残念ながら何ほどもなく行き止まりになっている。
そこから先はまだ原形をとどめていた。民家の脇を走る区間で民家と田んぼを区切るような形だ。
この様な地形では自動車で追うのは限界があり、バイクの機動性が生きる。
電車は脱線してはいけないが、話はちょっと脱線する
鳥羽市の屎尿処理施設がこの地に建設される。鳥羽市の水道水源地はここよりもっと下流にある。
鳥羽市は基本的に伏流水を取水している。川の水そのものではないが・・・
処理場の処理済み水は、水源地より下流までパイプラインで運ばれて放流される。水源地までの間には堰があり、通常で水位が超えることはない。
大雨の時に一度超えたことを確認したが。
パイプラインがどれほどの精度で水漏れを防げるのか。処理された水は安全なものなのか。
生活水源より上に汚水処理施設があるという図式ははたして正解なものなのか。
話を戻すと、処理施設の建設地周辺はすでに線形もわかりにくくなっている。
さて、ここからが五知峠である。
かつての峠ピークにはまだ線路の残されているところがあった。
今にも列車がカーブの向こうから走ってくるような感覚を受ける。
峠を越えて志摩市にはいるとそこは五知駅。
新しい線は既存の駅間を結んだため、駅の所在地などには変更はない。
ただし、厳密には少し位置がずれている。かつて線路のあった場所は道路となっている。
かつて喘ぎながら走った列車は、今新しいトンネルを楽々と走り抜けていく。
それにより得たものはスピード。
それにより失ったものは、車窓の風景。
バイクで走るのも列車に乗るのも、生活の足として同じこと。
バイクで走るのも列車に乗るのも、旅人として同じこと。
便利な方が良い。だけど、旅の楽しみは・・・
失われていく「自然に近い」道と同じように、失われていった路線・・・と言ってはいけないかな?
廃線区間の線路内の多くは近畿日本鉄道の所有地です。侵入、ということになりますので、入る場合は特に気をつけていただきたいと思います。
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