復活の日

 昨年の5月、突然バイクに乗れなくなった。単にバイクが壊れて動かせなくなってしまっただけだが、それを直すことが出来なかった。

 88年モデルのヤマハRZ250R。2001年に中古で手に入れた自身4台目のRZは、年数なりの傷みを節々に見せていた。なんとか少しずつ直して乗り続けてきたが、とうとう致命的なトラブルが。ウォータージャケットのシールが劣化し、冷却水がすべてミッションオイルに混入。乳化したオイルでクラッチやミッションにまでダメージが及んだ。直すには相当な金がかかる。それ以前に、すでに修理に必要な部品が手に入らなくなっていた。
 エンジン積み替え以外に手のない状態、しかしその後の維持を考えると踏み切れず。結局処分することになった。

 1年余り、ストマジ以外のバイクに乗れない日々。元々あまり乗る機会も無かったから、仕事の忙しさもあってしばらくは気にならなかった。しかしその仕事が今一つ思い通りに行かなくなってきた時、休みに気晴らしに出かけることもままならず、大きいバイクが無いことが無性にもどかしく思えてきた。遠くまで走りたい、走れるバイクに乗りたい、何でも良いからバイクに…

 中古のオフ車でも買おうかと考えた。が、満足の行くレベルのものは決して安くなかった。残念ながら今の経済状態ではあまり無理は出来ない。正直、今バイクを買う余裕は無いのだ。
 でも、どうにかしたい。何か方法は無いのか?

 …いや、バイクならある。あれはもう、持ち主から見放され始めている。あれなら…
 実家に預けられたままの兄貴のバイク、BMW F650 Funduro。
 年式の古い輸入車、エレファントの”保険”として、復活の日を待ち続けるファンデューロ。それももう、車検が切れたまま1年以上になる。エレファントが意外とまともな状態の車体だったため、”保険”はいつまで経っても使われないまま、完全に出番を失った。まだ十分走れる…あのバイクは使えないだろうか?

 兄貴に聞いてみたところ、車検を通すなら乗っても構わないと言う。長期間放置されたエンジンは、本格的にキャブのオーバーホールをしないと息を吹き返しそうにない。車検代と修理代…安くは無さそうだ。でも、ある程度の出費をしたとしても、それだけの価値があるバイクだ。ただ一つ問題があるとすれば、ミニバイク党の自分に大型二輪の免許が無いことだけ…

 そして免許も無事取得した8月。ファンデューロが我が家にやってきた。 
 9月20日、午前5時。
 中秋の名月から2日、まだまだ丸い月を見ながら、息を潜めてファンデューロを駐車場から引っ張り出す。

 今日は久々、何年ぶりかの本格的なソロツーリング。前日の夜に妻に話し、突然行けることになった。娘達には何も伝えていないし、妻にも行き先は特に。まだ寝ている娘達へひらがなのみで書き置きを残し、少し白み始めた空の下、ゆっくりとファンデューロをスタートさせる。

 1ヶ月余り、通勤に使って少しずつ自分の体を慣らしてきた。元々大型とは言ってもシングルでスリム、意外とコンパクトなファンデューロ。足つきも取り回しも良いから、すぐに違和感なく乗れるようになった。
 8月中に一度は友人とショートツーリングにも出かけた。250km弱、渋滞で疲れきったRVF400を尻目に、まったく疲労を感じないファンデューロ。これは相当な長距離をこなせるバイク。実際、どのぐらい走れるだろう?

 翌日は仕事、夜までには帰ってこなければ。どこまで行く?…とにかく、北へ。
 瀬戸から多治見を抜け、R19へ。時間的に、まだまだ交通量は多くない。相変わらず大型トラックは多いが。
 7時半頃、スクリーンに少し雨が当たり始めた。カッパを着るほどではない。
 天気予報は雨ではなかったが、雲が多く、まだ太陽の姿は直接見ていない。
 少し雨足が強くなってきたので、大桑の道の駅に逃げ込む。程なく、雨は上がった。
 念のため、と持ってきたフリースをジャケットの下に着込む。さすがにTシャツと裏メッシュのジャケットだけでは肌寒い。
 木曽福島を越えてすぐ、町道の鳥居峠へ。R19が新鳥居トンネルで抜けている区間を、山の上を越えていく林道。8kmちょっとのフラットダート。

 長野方面にバイクで走るときは、今までほとんどR153を使ってきた。多少は遠回りになるものの、山岳道路で大型トラックが少なく、ペースが上げられるので到着時間はむしろ早くなるから。わざわざ今回R19を使ったのは、他でもないこの鳥居峠を走るためだ。

 ファンデューロも一応オフロードバイク。4年前に家の都合でXR-BAJAを手放して以来、林道はストマジでしか走っていない。あくまでもFun、楽しむ程度のものだとは思うが、ストマジよりはマシに走れるだろうと。
 オフロードバイクは、250クラスがベストだと思っている。車体の軽さと、それに見合ったパワー。少々無理をしても、受け流すことの出来るしなやかな足。林道はもちろんモトクロス場ではないが、それでもあまり大きな声では言えないほどのスピードで走ることを楽しんできた。いくらなんでも、ファンデューロにそれを期待することは出来ない。だから、自分がビッグオフに乗ることはまず無いと思っていた。
 しかし…これはこれでアリかな、と。上りも下りも、思ったより走れる。19インチで、オフとしては幅の広いフロントタイヤがもう少し流れると思っていたのだが、意外と不安な感じは無かった。ある程度重量があることと、250クラスではありえない重心の低さが安定感を生んでいるらしい。

 もちろんXRみたいな攻める走りは出来ない。でも、安全に行こうとすればするほど、ファンデューロに分があると思う。250クラスでは、コーナーをゆっくり回ろうとすれば失速してうまく加速出来ない場合もあるけど、ファンデューロは上りのコーナーで止まりそうなスピードまで減速しても、2速で半クラッチも使わず普通に立ち上がる。2倍近いパワーの差はやはり大きい。
 例えばキャンプツーリングで荷物満載の場合やタンデムツーリングで林道を走っても、ファンデューロなら難なくこなしてしまうだろう。今までと同じようなことは出来ないけれど、考え方を変えれば結構楽しめそうだ。
 30分ほどで林道を抜けて、下りたところは奈良井の宿。まだ人のいない通りに佇む。朝早すぎてまだゴミも集められてないが…
 午前10時過ぎ、松本市内を通過。案の定、渋滞にはまった。路肩をすり抜けていきたいところだが、なぜか引っ切り無しに白バイが抜いて行くので、おとなしくトラックを追走。

 松本を抜けてすぐ、R148へ。白馬方面へと進路を変える。
 R148で安曇野あたり、大王わさび農園でしばし休憩。
 名古屋ナンバーのバイクが他に2台。ライダーは農園の中を見学に歩いていった。僕は別にそんなつもりもなくて。
 わさびと言えば蕎麦でしょ、ってなもんで。朝からコンビニのおにぎり1個食べただけなので、まだ11時前だけど朝昼兼用。
 わさび稲荷定食、900円也。わさび好きなので、蕎麦を食べる時はいつも思いっきり入れるのだけど、それ以上にわさび稲荷が強烈。

 職場への土産に「わさび豆」を購入。「わさびソフト」が有名だけど冷えるので食べる気無し。お?「わさびビール」なんてのもあるぞ。ぜひ味見…したいけど無理だな。
 12時過ぎ、白馬に到着。
 走った距離はすでに250km近い。このまま引き返しても500km。帰りは高速を多用するつもりだから、時間的、体力的にもまだ余裕はある。

 先月、白馬47だったっけ?でBMWのミーティングがあった。ガソリンスタンドの店員さんの話では、かなりの台数が集まって壮観だったそうで。素直にBMW扱いされないファンデューロでミーティングに参加する気は無いが。
 大型二輪免許なんて取ると、もっと大きな排気量のバイクに乗ってみたい気にもなるけれど、その時がもし来てもそれはBMWじゃない…と思う。たまたま居た1100と並べると、この大きさの違い。大きいバイクが楽なこともよくわかったけど、やっぱり軽快さを無くしちゃバイクじゃないと思うのよ、僕はね。
 白馬から、R148を更に北上。フォッサマグナのど真ん中を抜け、糸魚川へ向かう。そう、目指すは日本海。

 このバイクで遠くまで走ってみたいな…と思った時、真っ先に浮かんだのはやっぱり日本海。生まれも育ちも太平洋側なので、なんとなくそこまで走ることに思い入れがあるのだ。日本海日帰りが簡単に出来るのは福井県あたりなんだけど、新潟県でも一度RZ-Rで上越まで行って帰ってきたことがある。
 R148ルートでの日本海行きはまだやったことがない。トータル700kmぐらいになるか。帰りのルートをどうするか、まだ考えていないが…
 新潟県に入ったところで、ちょっと寄り道。全舗装の白池林道を上る。

 ほとんど1車線のタイトなワインディング。こういう道は、ファンデューロは無敵。ちょっとフロントタイヤが劣化気味なので無理はしないが、それでも相当なハイペースを維持できる。オフ車は元々こういう道が得意、それにパワーが加わるのだから、速いのは当たり前か。
 20km余り上って行き着くところ、そこは蓮華温泉
 上杉謙信が発見したとされる山上の温泉。せっかくR148ルートで北上してきたのだ、寄らずに通り過ぎるのは勿体ない。時期的にももうすぐ冬季閉鎖になるのだから。
 新潟まで来て、ようやく青空をしっかり見ることが出来るようになったが、標高1500m近くまで上がってくるとさすがに雲が。露天風呂に入りながら、目の前に広がる北アルプス!ってな広告通りには行かないか。
 改装工事中の白馬岳蓮華温泉ロッヂで500円(内湯も利用する場合は800円)を支払い、露天風呂へと向かう。
 蓮華七湯…看板には確かに7つの温泉が記されているけれど、現在は5つになっているらしい。そのうち一つはロッヂの内湯だから、露天風呂は4つ。
 一番上の「薬師の湯」までは15分ぐらいとか。結構上る…オフロードブーツじゃなくワークブーツだから歩くのは支障ないが、如何せん体力が無い。これでも自転車とか乗って維持してる方なんだけどね。
 うっかりフリースを着たまま来てしまった。すぐに汗だくに。
 右のルートから上がったので、一つ目は黄金の湯。
 手を浸けてみると、湯加減は良さそうだ。時間があれば入りたいところだが、先を急ぐ身なのでパス。
 黄金の湯から少し上ると、林を抜けていきなり視界が開けた。まるで崖崩れのような斜面。仙気の湯、薬師の湯はもっと上にあるはずだが、他にルートが見あたらない。これを上れと?
 少し上ると、段らしきものがあった。間違いないらしい。下からではわからなかったが、ここまで来ると源泉地からモウモウと湯気が上がっているのが見える。
 急斜面を上って、ようやく仙気の湯にたどり着いた。さすがに眺め良し。
 しかしせっかくだから一番高いところに入ろうと。薬師の湯は仙気の湯より更に100mも上。
 立入禁止の看板より上でゴボゴボと水音がする。源泉は結構な勢いで湧き出ている様子。それにしても硫黄のにおいがすごい。立入禁止は硫黄の煙を吸い込まないように?
 辺りを見回すと、チョロチョロと水の流れたところが黄色っぽくなっている。手を浸けてみると冷たかったが、これも温泉が流れてきているものらしい。
 そして、薬師の湯に到着。
 もちろん脱衣場などないが、誰が見ているわけでもない。その辺の岩の上に汗びっしょりになった服を脱ぎ捨て、お湯の中に体を沈める。源泉に一番近いので少し熱め、自分的には好みの湯加減。
 すばらしい眺望の薬師の湯。吹き抜ける風は涼しく、露天風呂で熱くなった体を心地よく冷ましてくれる。少し時間的に無理があるのを承知で蓮華温泉に立ち寄ったが、ここまで来た甲斐は十分あったと思う。
 体を洗うわけではないので、早々に下山。反対側のルートはずっと木々の間で、こちらから上がってきた方が変に迷わずに済んだか。
 最後の一つ、三国一の湯。上の2湯に比べるとかなりぬるい。時間に余裕があったとしても、4つ全部入ることは多分しなかっただろう。

 ファンデューロの元に戻り、再び移動開始。あとはまっすぐ糸魚川へ向かうのみ。
 そして…
 午後3時半頃、糸魚川に到着。R8の途中に海岸に降りれる場所を見つけ、念願の日本海を眺める。

 砂漠の勇者は、何もエレファントだけではない。F650だって、2000年のパリダカを制しているのだ。ダカールの海に最初に…いや2000年のゴールはカイロ?よくは知らないが。たとえあのマシン、F650RRがファンデューロとはまったく別物でも、F650の素性の良さを表しているのは間違いない。どちらかと言えば都会的な雰囲気のファンデューロだけど、350km走って日本海の砂浜に降り立つ、そんなツーリングも結構似合うじゃないか。
 さすがにちょっと疲れたような…砂浜に座り、地図を開いて帰りのルートを考える。高速を多用しても、かなり遅くなるか?

 携帯で家に電話。幼稚園から帰った次女が出た。「お父さん、まだすっごく遠くに居るから、夕飯までには帰れませんってお母さんに伝えて…」
 西へ、親不知までR8を走る。更に遅くなるなと思いつつも、安曇野の蕎麦以来何も食べていなかったので、途中で少し腹ごしらえ。午後4時40分頃、親不知インターから北陸自動車道へ。

 当初は富山まで北陸自動車道を走り、R41を南下するつもりだったのだが、それでは午前様になってしまう。高速を最大限使うなら、そのまま米原JCTで名神に繋がるまで北陸を走るか、逆に上越へと向かい、上信越から長野、中央、名神と繋げるか。いずれも高速代は6000円ぐらいか。
 結局、北陸自動車道を西へ。そのまま走り続けるわけではなく、小矢部砺波JCTから東海北陸自動車道へ入るつもり。東海北陸は白川郷と飛騨清見の間が未開通なので、白川郷から荘川までR156を走らねばならない。別に高速代をケチったわけじゃない。高速を最大限に使う前提で距離の一番短いルートがこれだったからだ。
 しかし、なかなか予定通りには行かないもの。砺波インター近くまで来たところで、再び雨が当たり始めた。まだ行ける程度だったが、砺波インターで下りればそのままR156に入れる。もし雨が激しくなってもこの先は最後まで行くしかないので、一か八かで高速を下りた。
 もう一つ、給油のタイミングも難しかった。白川郷で下りたところで給油するのがベストだが、時間的にあの辺りのガソリンスタンドが開いているかどうかが怪しい。ならばサービスエリアで給油する手もあるが、砺波〜白川郷間唯一の城端SAの状況がわからなかった。砺波で下りたのは、ある意味安全策でもあった。
 砺波インター下りてすぐ、ガソリンを入れた時点で午後6時。そのままR156の南下を開始したが、この時間から走る山間の国道、そう簡単にはいかない。
 庄川沿いに走り、昼間ならとても景色の良いR156だが、途中に民家は少なく、街灯一つ無い区間が長く続く。6時を過ぎて日の落ちた中で、カーブの続くR156を走るのは至難の業。いくらライトの明るいファンデューロでも、ハイビームにしてようやく少しコーナーの先が見える程度では無理というもの。
 車でも通れば、多少ペースダウンになっても後ろについていけば良い。だが、こんな時間に山間部を移動する車などほとんどいないのだ。ようやく捕まえたと思っても、わざわざ止まって譲ってくれたり…
 真っ暗なR156を移動することおよそ100km。午後8時、ようやく荘川インターの標識が見えた。高速のインターが、これほど待ち遠しく思えたのは初めてだ。
 インター横にある道の駅で休憩。ホットの缶コーヒーで一息つく。

 午後6時半過ぎに平村の道の駅で休憩した時に、蓮華温泉から脱いでいたフリースを再び着こんでいたものの、荘川に着いたときには体が冷え切っていた。緊張で走っている時はあまり感じなかったが、確かに御母衣ダムあたりは寒かったような。ここ荘川でも、まだ9月なのに気温は14度と表示されている。
 荘川の道の駅には、立ち寄り湯の施設がある。冷え切った体を温めたいが、この後まだ150km近く高速を走る。湯冷めしては元も子もない。
 そして、荘川インターから再び東海北陸自動車道へ。このまま一宮JCTから名神、名古屋インターへと向かう。
 川島ハイウェイオアシスで最後の休憩。観覧車の派手な光を眺めながら、何もないパーキングエリアの駐車場に一人佇む。

 家に着いた時には、今日の走行距離は710kmぐらいになる。いくら疲れにくいファンデューロでも、さすがに体中に疲労感が。でも、久々に味わう感覚が心地よい。たまにはヘトヘトになるまで一人でバイクに乗るのも良い。バカみたいだが、これが僕の本来のスタイルなのだから。

 他に誰もいないPAの駐車場に、再びファンデューロの静かな排気音を響かせ、最後の移動を始める。
 このまま行けば、午後10時までには家に帰れるだろう。娘達はもう寝ているだろうか…
写真・文 : 河村 敬

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