最後の夏

 少々思うところあって。

 本来、取れないはずだった夏休みを強引に取った。休めない状況ではあったが、部下に任せて休んだ。なに、俺より経験も豊富なヒトだ。なんとかしてくれるだろう。
 夕方まで会社にいながら、昨夜のウチに準備してあった荷物をバイクに積み込む。充電してあったバッテリーを取り付け、エンジンをかける。



 今夜のうちに日本海まで出ておきたかったのだが、途中で雷雨にあったりして時間がかかり、長野で日が変わる時間となってしまった。
 無理して進んでもあとに響くだけなので定宿にしているホテルに。ついでにそのホテルの会員にもなってしまう。冬によく使うので良いが、東北にも多いのでこの先にも使えそうだ。



 明けて行程は日本海へ。新潟から山越えで高速を行くか、あるいは海を行くか。
 高速ばかりもつまらないかと海岸線を行ってみることにした。走ったことのあるルートだが、今日の天気ならよかろう。
 笹川流れから鼠ヶ関、ずっと海に沿いながら。

 日本海に出てしまえば、ぶっちゃけ海岸線をあがる以外にルートは無いというもの。途中に朝日などのスーパー林道もあるが通っていては時間がかかる。走るエリアをいたずらに広げるのも良くない。
 海岸線だけに夏休みのこの季節、海遊びの車が多いので気が抜けないが、晴れて凪いだ日本海を横目に、淡々と進路は北へ向かう。



 せっかく海へ来たからには昼間っから海の幸。
 皿の上で炎に包まれるサザエの壺焼きと日本海ならではの岩ガキをいただく。牡蠣は牡蠣でも岩ガキは産卵時期が違うので夏に食べられる大きな牡蠣だ。
 ビールが・・・と言いたいところだが、ここは若布の味噌汁とご飯で豪華な昼飯にしよう。



 「ババヘラ」が人気だ。秋田の主要な道路沿いでは、アイスクリームの出店がいくつも出ている。そんな出店の一つに寄ってみた。
 おばちゃんがヘラでコーンに盛りつけるから「ババヘラ」桃とレモンのミックス味だ。

 おばちゃんと会話することになる。
「大学生?」
「いやいやそりゃ言い過ぎですよ。もう40ですから」
「あれ〜うちの息子も40だよ。若いね〜独身?」
「ええ・・・」
etc・・・

 いろいろとさらに考えさせられてしまった。
 考えるところあって出てきている。そしてそれがもっと考え込まなきゃ、いや決断しなきゃいけないことであることを思い知らされた様な。



 時間はまだ早かったが、昨日の雨でやられた携帯電話を買い換えるために街にチェックイン。能代からなら白神山地はすぐ目の前だから明日の行程も楽になる。



 「名物は?」と訪ねれば、やはりきりたんぽ、と。残念ながら新米の時期ではなく、冷凍ものだが。
 ハタハタはなかったなあ・・・ちょっと残念。



 昨日と打って変わった今日の曇り空。雨が降り出す可能性もある。
 今回の旅の主目的は、世界遺産に登録された白神山地を走り抜ける白神ライン。かつて弘西林道と呼ばれた長い林道は、世界遺産登録以後徐々に舗装が行われつつある。いまならまだ40km以上のダートを走ることができるので、いまのうちに、と、市場に数少ないオフロードタイヤを履かせてここまでやってきた。



 本来温泉は林道走行後にしたい。だが、林道へ入ってしまうとここまで戻ってくることは時間的に困難になる。
 黄金崎不老ふ死温泉は目の前が海・・・というより数メーター先に日本海がある。西向きだけに夕日のスポットとして大人気だが、この日のやや曇りの天候がもたらした日本海の波もまた趣が深い。



 人集まるところに人あり。知り合いのバイクを発見。途中でも見覚えある人とすれちがったり。
 仕方がない。皆休みは同じなんだから。そして人が集まるということはそれなりの魅力がある場所と言うことだから。



 白神ラインへの入り口はしっかりと表示されていて、普通の林道とは違う。草むらの中に朽ちようとしている弘西林道の標柱もみつかった。



 何度も出てくる看板には、今後この道が全線舗装されるあろうことが想像される。
 世界遺産は白神山地であって林道ではない。ここを走るルートがダートである必要は特にないわけだ。
 実際、オフロードバイクや4WD車は多かったがそれでも全体数からすればひとにぎりで、多くは普通乗用車であったりオンロードバイクであったりするのだから。

 舗装されればここを走るのは簡単になる。誰でもたやすく走れる。
 山に、快適に走れる道って必要なのだろうか?

 生活の場として山と暮らすなら快適な方がありがたい。
 生活の糧として山に暮らすなら・・・なんとも言いがたい。

 自分たちにとって快適な道は、他人にとっても快適な道で、多くの人が足を踏み入れることにつながるから。
 そしてこの白神ラインが向かおうとしているのは、そういう風にしたいという人々の意向であるわけだから。

 あまり人の手が入っていないからこその世界遺産。これからもその本質を保っていけるのか、それはそこ司る人々の指針にかかっている。



 ダートそのものは何も難しくなく、大型車の馬力を生かして突き進んでいける。やや砂利が深い感もあって、下りは少々手こずるけども。



 なにぶん長い林道だからいくつもの峠を越える。津軽峠にはなんとバスまで入る。



 白神の森はブナの森だ。なかにはこんな大木もある。



 遊歩道、登山道の保守に参加せよ、という取り組みは意識の問題として面白い取り組みだ。



 もう40km近くダートを走っただろうか。本格的にダートを走るのは初めてだが、オフ車っぽい顔つきになってきたかと。
 しかし、激走ということもないのにネジが取れてるのはどうかと・・・って、最近自分で締めたねじだなこりゃ。



 斯くして長いダートは終わった。
 暗門側はもう完全に観光地のそれだ。温泉もあったが人でごった返しているし・・・



 白神山地を終えてこれからどこへ行く?岩木山へ登ろうかとも思ったがまったく何も見えない状態では行くだけ無駄だろう。
 無駄は避けてそのまま北のはずれへ向かってみようか・・・



 ♪十三湊は 西風強くて 夢もしばれる 吹雪の夜更け♪

 津軽平野といえば千昌夫の歌、というよりは作者の吉幾三。彼は確か五所川原の出身のはずだ。
 その「津軽平野」の2番で歌われている十三湖。しかしそこでは「じゅうさんみなと」と歌われる。今地図を見てもその文字が見つからない。その謎が知りたかった。



 十三湖は汽水湖である。日本海とつながっているのだ。海とつながっているから外洋へ出られるが、湖であるため比較的おだやかなのだろう。
 かつて安藤氏がここを拠点に貿易を営んでいた。その当時、この地が「十三湊」であった。今は遺跡として残っているだけで、港としての面影は見つけにくい。



 北のはずれが近づいてきた。タイトなワインディングロードをドカのDNAに任せて駆け上れば眼下には津軽海峡が見え始めた。



 そして、龍飛岬。本州最北端に到達した。



 ともかくも北の風景というのは歌に、それも演歌になりやすい。竜飛といえばやはりこれ。



 ここまでの道は「竜飛国道」だった。我々の記憶の中にも「竜飛岬」としてあるのではないだろうか?
 しかし、今現在の正式表記は「龍飛岬」の様だ。



 北のはずれから見えるのは津軽海峡。そして、北海道。
 先の十三湊・安藤氏が交易していた蝦夷地は外国だった。

 交通が発達した今、北海道は近くなった。が、なかなかバイクで走っていくのは遠くてね・・・



 「風の岬 龍飛」
 風は夏が一番穏やかと言う。そんな風に巨大な風車が立ち向かう。

 北のはずれに来てしまった。もう北上はできない。
 南下すると言うことは、自分にとっては帰るということだ。

 そのまま高速で帰ってもよかった。だけどもう少しだけ、東北を走っていたい。



 実質3日目、一日一湯の今日のお題は酸ヶ湯。混浴の大浴場・千人風呂が人気だ。本来は湯治場であるが、今はバイクの山。
 最近はいろいろとややこしくなってきて、女性専用時間がもうけられていて、運悪くその時間にたどり着いてしまった。待つこと1時間弱。
 混浴時間でも女性は入れる。そのため半分に仕切られている。女性専用時間は全浴槽が使えるのだろうか。だとすると少々不満ありだけど。



 奧入瀬渓流を知ったのはマンガだった。初めての電車旅行でここを訪れた。さらにそのときは、レンタカーまで借りてもう一回訪ねていた。
 とても気に入った。渓流に沿った遊歩道をゆっくりと散策したものだ。

 時は流れて今回は夏休み。

 涼しげな(本当に涼しいし)渓流は多くの人を呼び寄せていた。こう見えても国道なのだが、両脇に車がわんさか・・・




 十和田湖も人の集まるところはさけた。みやげ物売場などいらないので、水面に近づける場所を選んだ。

 最後は爽快な峠越えといきたい。オフロードタイヤを履かせてきたといっても、十分にアスファルトをこなせるヤツだ。
 八幡平をアスピーテラインで越えて締めようか。



 見よ、この絶景を!!!

 何も見えません・・・

 雲の中に突っ込んでしまった。とても寒く、バイクのライトでは危なくて走ることができない。



 そんな雲も峠を越えたら切れた。絶景というところまではいかなかったのが残念だけども。



 さあ、本当にもう帰らなくては。

 さすがにもう来ることはないだろう。バイクでは。
 もう終わりにしようと思う。もうロングツーリングは。
 そう思って出てきた。そろそろ変わらなければならない、と。

 最後に選んだのは、初めて一人旅に出た地だった・・・

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