『まえあし。』
旅をすることは、人生の大切な要素である。

方法ひとつ違うだけで、どんな風にでも出来る。

普段何気ない風景も、全く違った視点に出来る。

見知らぬ場所では、新たな発見と、

過去に忘れ去られた記憶を甦らせる。

今の自分と、かつての自分が同じ場所に立ち、

自分のココロに大切な「何か」を刻みつづけていく。

こんな事が容易に出来てしまう旅の魅力は、

決して絶えることなく、続いている。

6月24日:900kmの道。
しとしとと降る雨の中、延々と大洗港までやってきた。

早い夏季休暇とはいえ、ここに来てもまだ悩んでいた。

『本当に今、あの場所へ行くべきなのだろうか?』

迷いながら自分で決めた北海道ツーリングでは有るけれど、

何か不安のような、不満のような心地がしていた。

搭乗手続きを終えても、いろんな事を思い巡っていた。

やがて雨が止み、船はゆっくりと港を離れていった。

そして、ひとつの結論を出した。

『今という時間だからこそ、大切なんだ』、と。


物事に区切りがつけば、気持ちも切り替わる。

中途半端な気持ちで過ごす旅になるぐらいなら、

思いきった旅をしておきたいもの。

大海原に出たフェリーを散歩がてらに歩いてみる。

この時期、フェリーの乗客はそう多くない。

最も安価な2等船室でも閑散とした風景。

余裕がある分、ひとり分のはずの布団を

2、3組合わせて快適空間を作る人もちらほら。

ライダーも少数。次の出発までのひとときを

互いに情報交換しながら想いを馳せる。

6月25日:自分に素直な姿勢で。
翌日の午後に苫小牧に到着したが、天気は回復していない。

この移動中に知り合ったライダー達の情報網から、

『今週は道央から道東の天候が良い』と聞き、

行き先を富良野、美瑛方面に向けることにした。

何とか富良野のユースホステルは予約できたが、

土地鑑は勿論、事前の計画も、キャンプ道具すらない。

あるのは地図と撮影機材と着替えと携帯端末。

そんな中でも初めての場所への期待のほうが

沢山の不安要素よりもありふれて、心地が良いほど。


ツーリングマップルを頼りに国道235、237号線を北上する。

天気も苫小牧よりは良く、晴れ間も見える。

湿度の低い北海道の気候は、いたって快適。

小さな110ccの車体にも程よい交通量で、楽しい。

国道をゆっくり進む。何となく勿体無い、と言う感じ。

平取町の中心部付近で頻繁に「イチゴ狩り」の看板を見る。

関東では路地モノも見かけにくい頃だが、

北海道では始まった矢先のようだ。

目にしたJAの時計が午後3時、時間は絶妙。

手作りの看板を追うように農園に向かう。


こうして3時のおやつは400円のイチゴ食べ放題。

時間制限はあるけれど、近隣よりは格安。

拭っても、ほんのりイチゴの香りのする顔のまま出発。

良い感触で旅が続いていきそうな予感がしてくる。

暫くすると雲がだんだんと離れて、青空が広がる。

太陽が日差しの力でしっかり背中を押している。

そしていかにも「北海道」らしい光景が目の前に見えている。

平取から日高までの通称「日高国道」は山間部でも

逃げ水現象が見えるほど長い直線路が続く。

その光景にただ喜び、ただ走りつづける。


止まる事も殆ど無く、日高峠と金山峠を越える。

止まるのは道の駅でスタンプの捺印を探す時ぐらい。

めぐりめくる周囲の自然を見渡し、

何気ないはずの過ぎる時間の流れを実感し、

そして気がつけば夕方に差し掛かってくる。

苫小牧から出発して3時間も経過していないのに、

これだけ様々な事を感じられるのが不思議なほどだ。

富良野への道の入口に差し掛かろうとしたとき、

左奥にちょこっと雪を被った芦別山が見えた。

夕暮れに映える山並みが綺麗に見える。


夕暮れに追われるように富良野の中心部に向かう。

さっきまで遠くに見えた山々は

随分間近に見えている。

午後6時辺りを過ぎても、日は落ちないので

それほど心配にもならない。

富良野の中心部とも言える中富良野市にある

「富良野ユースホステル」に到着したのは午後7時近く。

およそ180km、5時間の道のりも、給油することが無かった。

長距離ツーリングは初めてのとなる相棒のKSR110も

予想以上の結果を残してくれた。

富良野YHは 部屋からして独特な雰囲気。

宿泊施設と言うより、秘密基地みたいな感じがした。

この日の夜、気温はヒトケタ台にまで下がる。

涼しいと言うより肌寒いと言うのが正しい。

布団を被るようにして、今日1日を振りかえる。

「今までの旅とは違う感覚がある。」

それは相当に気持ちが高揚しているということ。

両手にも抱えきれないほどの希望と期待にあふれている。

自分が社会人になって初めて旅した時の、

ひたすらに真っ直ぐだったはず頃の記憶が思い出していた。

6月26日:15時間の価値。
午前4時。外は明るく、涼しい風が窓から流れる。

天気は晴れとは言えないが、まずまずといったところか。

自然と目がさめて、表へと出てみる。

長袖のシャツでも冷えるけれど、割とカラっとしている。

そういえば、部屋干しの濡れタオルは乾ききっていた。

梅雨の本州では「こうはならないだろう?」と思った。

朝食が午前7時なので、この広い富良野を散策するのには

ちょうど良い時間だと考え、身支度して出発する。

『出来る限り遠くまで。』そう思った。


今の季節、道内では花の咲くには良い季節。

ここに来る途中でも遠くのほうから

紫色したラベンダー畑が見えていた。

ユースホステルの近隣にも

多くの農場があり、そして花畑が有る。

早朝、だれもいない畑を見渡す。

ほのかな香りが風に流れ、気分が良い。


小さな丘とはいえ、その規模の大きさには驚かされる。

花が見えなくなりそうなほど広い。

そして花畑を見渡す先の森に

ぽっかりと開いた光のトンネル。

少し日が差した事もあるのだろうが、

何か心惹かれるものがあり、KSRと共に光の中に向かう。

その先には真っ直ぐに伸びた道と、青葉輝く田園の海、

そして何処までも続くような山並みが見える。

道の先は細い糸のように見え、やがて消えてしまっている。

その奥が知りたくなって、砂利道の丘を駆け下りていった。


地図も見ずにあの直線路を目指した。

しっかり見ていたはずではあったが、

麓に下りると、意外と判別しづらい。

それでも山のほう、真っ直ぐなほうへと進むと、

やがて山の懐に入ったかと思ったら農場が連なる集落へ。

電柱や看板などから麓郷と言う場所に居るらしい。

主要らしき県道をたどると、右脇に奇妙な建造物を見る。

『北の国から』のロケ地に来ていたようだ。

富良野の市街は遥か遠くになっていた。

午前6時過ぎのこの場所には人も居ない。


さすがにこの場所は遠かった。

ユースホステルに戻るまでに約1時間。

朝食の時間には余裕だが、普通の散歩じゃなくなった。

食後に荷支度をして再度出発。

中富良野町の北部に有るファーム富田を訪れる。

富良野のラベンダーの基点といわれるだけあるけれど、

ポピーやキンギョソウといった花々も鮮やかに咲いている。

この場所で再び船を共にしたライダー達に出会う。

経路は違えど、行く場所はそれほど変わらないようだ。


国道237号線を旭川方面に向かう。

KSRは富良野出発時にホクレンのGSで補給。

ホクレンといえば「旗」が有名では有るが、

時期的にはあと1週間ほど早いが、

どのエリアよりもライダーには親しい。

美馬牛付近のちいさな峠を過ぎると、

辺りには濃淡様々な緑が織り成す

鮮やかでも素朴な、風景画のような景色が広がっている。

自分が持つ美瑛町のイメージはまさに「そのまま」。

それは全く失ってわれない。


広い農場の中を淡々と走る。

この周辺には著名な場所も数あれど、

私にとってはそんな事はどうでも良く、

自分の感性に、ココロに響く場所を探す。

人も乏しい町道の細い道を下っていくと、

ジャガイモの花が一面に咲く場所を見つけた。

そこでは小さな花々が綺麗なラインを描いていた。


富良野と美瑛で遊びすぎたので、割に距離が進んでいない。

お昼になろうかという頃に旭川を抜け、当麻町へ。

この先は長くなるので「道の駅とおま」で昼食。

多少未練の合った旭川ラーメンを食べる。

その脇に奇妙な黒い物体「でんすけスイカ」を発見。

何か黒い車体のKSR110との共感を覚え、

売店にてカットスイカ(280円〜300円)を買ってみた。

しっかり冷えたスイカは氷菓子のようにとても甘い。

直ぐ前に初物だと言うトウモロコシも食べたが、

こういう時の食欲は果てない。


視野的にも、食事的にも北海道を体感して、

それでもまだまだ先は続く。

上層に霧が下りる層雲峡を横目に過ぎ、給油も済ませて

国道273号線を帯広方面に進んでいく。

大雪湖を過ぎた頃から天気が良く無い。

道の駅にあった監視モニターでも深い霧の様子が見えていた。

樹海は望めそうも無いので、大雪山系がよく見える場所を探す。

国道の途中に「大雪高原温泉」の看板を見つける。

期間が限られた温泉だったので、まだ早いと思っていたけど、

開館してまだ日が浅いようなので、行ってみることに。


国道からの分岐点からダートになっている。

そういえば、北海道に来てから林道の類は走ってない。

あまり重点を置いていなかった、というのが正しいけど。

幅も広く、フラットな林道を走っていく。

途中でキツネや鹿といった動物にも出会う。

突然と脇に現れて、目の前を通過していく

彼らの姿には若干の恐怖と大いなる関心を覚える。

終点に有る大雪高原温泉(700円)は

硫黄泉系統の温泉。自然のままなので湯ノ花が浴槽で踊る。

あまりに多くて滑りそうに成るけれど、それは我慢する(笑)。


大雪高原温泉から再び国道に戻る。

三国峠周辺は視界数メートルの霧の中。

なかなか先の見えない道路に苦慮しながら峠を下る。

だいぶ下った後にすうっと霧が晴れる。

防水処理の有るウェアとはいえ、若干重く感じる。

糠平湖へと向かう左側に一瞬鮮やかな色が見えた。

バイクを止めると、路肩のやや奥に群れて咲く花を見つけた。

一歩踏みこむと、ルピナスが野原一帯に咲き乱れていた。

その光景は美しさと不思議さにあふれていた。

僅かに見た瞬間が、この情景を引き合わせたことに、感動した。


糠平湖を左手に霞めつつ、

国道を外れて幌鹿峠に向かう。

ここから林道経由で夕暮れのナイタイ高原に向かい、

そして帯広郊外のユースホステルへ、と考えた。

日勝峠への道も考えたが、天気を見る限り期待は出来なかった。

こうして不二川迂回林道へと入っていく。

木で刻まれた看板がちょっと可愛げでも有る。

林道内では大きいフキの葉が目立つ。

露に濡れた葉っぱを掻き分けながら下っていく。

途中何度も迷いながら、それでも林道を抜けていく。


林道を抜けた頃はだいぶ時間が経っていたようだ。

ナイタイ高原への道は閉ざされていたから、

午後6時はすでに過ぎてしまったと言うことに成る。

ユースホステルは帯広とは言え、

市街から30km、この場所からは50km余り有る。

南下するのに従い、夕暮れが次第に闇夜に変わっていく。

農場が多い土地柄、街灯は少ないので、暗さは怖いくらい。

道幅がある分、助かっている面も多いだろう。

ほとんど直感で帯広八千代ユースホステルに向かう。

到着したのは午後8時前。出発から15時間が経過していた。


人家もまばらな帯広郊外の牧場地帯に有る

帯広八千代ユースホステルでの夜は静かに。

冷えきった体に暖かい夕食は何よりだった。

部屋に戻り電灯を消して外を眺めると、

雲の隙間から無数の星空を見ることが出来る。

北海道への滞在も明日を残すのみ。

深夜便のフェリーとは言え、決して長い時間ではない。

最も長い1日で出会ったもの、出会った人。

15時間余りという時間が、

どれだけ大切だったろうかは、計り知れない。

6月27日:憧れの場所へ。
この旅の最中、小さなKSR110は

割と万人受けするのか、よく声を掛けられる。

小さい分だけ親近感が湧くのかもしれない。

ユースホステルのペアレントの皆さんにも、好評。

この日最初で最後の記念撮影をしてもらって出発。

ユースホステルの奥に有る八千代牧場に向かう。

YHで教えてもらったお勧めな場所だ。


今朝は浅い霧が辺りを包んでいる。

爽快な快晴も良いけれど、霧の有る風景も好き。

牧場はどこか境目か不明なほど広い。

そして主要な場所以外はダートで構成されている。

牧草地帯と放牧された牛の群れを見ながら少し山に入る。

緩やかな丘のやや高い場所へ上がる。

そこは牧場の全体が良く見渡せる展望台の近く。

少なくとも、見渡せる範囲全てが牧場。

遠くは霧で隠れてしまってはいるが、

その風景はかえって牧場の広大さを知らされる。


帯広から国道236号線を南下していく。

そこから更に国道336号線へと切り替える。

向かう場所は、襟裳岬。

昨日までは山々の風景をずっと見つづけていた。

そして今日は海の風景を見に行きたかった。

海沿いの国道に出ると、風が強い。

やや荒れた海からの潮風に吹かれながら進んでいく。

時折バイパス化への工事の光景を見るが、

それにより過去のものになった旧道の光景も多い。

利便性か、情景か。思いは複雑だった。


襟裳岬の看板を頼りに国道から県道へ。

相変わらずの海沿いの風景が、

どことなく単調になりつつあった。

しかし、襟裳岬が近づく頃になると、様子は一変する。

真っ直ぐな道、輝く海、その先に岬の姿が見える。

はやる心を抑えても、なかなか抑えられるものではない。

だんだんと近づいてくるあの場所に期待する。

ちょっとすぐれなかった天気も、

かろうじて回復しつつあるようだった。

そして、憧れの場所だった襟裳岬にたどり着いた。


襟裳岬で昼食を済ませて、いよいよ苫小牧へと戻っていく。

たどり着くまでの時間が、ゆっくりに感じてくる。

走っても走っても、まだ遠く及んでいないような。

長い海沿いの道がそういう気分にさせているような。

やがて国道は、はじめてきた場所に戻る。

多くの日数居る訳でもないのに、随分久々に感じる。

日が暮れる頃に苫小牧港へ到着。

出港まで3時間以上あるので、市内散策しながら夕食。

日付が変わろうとする頃、フェリーは港を離れていった。

6月28日:日暮れと共に。
この日、1日の殆どはフェリーの中で過ごす。

北海道に往路の19時間が長く感じなかったのは

その半分が睡眠時間だったわけで、当然だった。

復路は起きている時間のほうが長い。

外は雨が降り、出られないので船内で読書と昼寝を繰り返す。

午後になり船中では鳴らないはずの携帯電話が鳴る。

だいぶ陸に近づいたらしい。

若干聞き取りにくいのでデッキのほうに向かう。

外の雨が上がり、明るくなっていた。


通常より30分ほど早く大洗港に着く。

がらんとした船室がどことなく虚しい。

乗船時には気づかなかったが、5名ほどの帰港者がいた。

それぞれの荷物や様子を見渡すと、

どんな行程だったか、ちょっとわかったような気がした。

外に出ると、夕陽は雲に隠れていた。

少し湿った海風が流れ、場所が違うことを実感する。

再び国道50号を横断し、

帰宅したのは土曜日が日曜日に変わる頃だった。

『うしろあし。』

こうしてひとつの長い長い旅が終わった。

旅の終わりは次の旅への大切な始まりとなる。

今回の旅で起きたことや感じたこと、出会った人や物は

全てが無駄になることなんてない。

この旅が次の旅への価値として、経験として、準備として、

私の中へと次々に積みこまれていく。

たくさんのいろんな想いを乗せて、

気の向くほうに、惹かれる場所に向けて走り出していく。

次の場所は何処になるのだろうか・・・。

文・写真 : 山本賢史

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