2月。ある日の夜中に私は、ひっそりと街を抜け、

ただひたすらに、東北道を走っていた。

軽自動車の後部座席にはバイクが1台積んであった。

この季節の東北は、まだ長い冬の真っ只中にある。

『この季節だから、敢えて走りたい。』

多少無茶なところは有るが、その欲求は留まることが無い。

深夜が早朝に切り替わる頃、一関から陸前高田へと向かい、

そして高田松原で夜明けを迎える。

ここから今回の旅が始まる。

まだ知らない、東北の冬の姿を、探しに行く。


陸前高田から国道を離れて、末崎半島に向かう。

海岸に打ち上げる奇妙な石で知られる

碁石浜を左手に見ながら、碁石岬に立ち寄る。

すっかり日も昇った太陽の日差しが眩しい。

目の前に広がる海は、太陽の日を受けて輝く。

遠くには漁船らしき姿も見えている。

その船の道先案内役である灯台。

それほど大きな物ではないのだが、

変化多い海の航海で、十二分な役割を果たしている。


三陸沿いを釜石まで走り抜く。

かつての「鉄の町」と呼ばれた場所は、

今では「魚の町」へと変化を遂げている。

しかし過去の足跡はまだ色濃く残っている。

それは町名や、各種公共施設にも。

そして市街の外れには、製鉄所の跡地が。

全てが残っているわけではないが、

今こうして残っている分だけでも、

当時の規模の大きさ、華やかさが垣間見れる。


釜石から長い峠道を越えて、遠野へ。

沿岸部と違って、積雪も多く、雰囲気も随分違う。

駅の近くの駐車場でバイクを降ろし、

ここからは、2輪2足で市内を散策する。

お昼をちょっと過ぎた鍋倉城址、

今は誰も足を運ぶことの無い場所に佇む。

空の蒼と足元の雪の白さが清々しい。


遠野には計画当初から2日間滞在をする予定。

この場所にある独特な雰囲気が

「何かあるのではないか」という好奇心を高めるから。

初日の晩、駅近くで「鹿(しし)踊り」を見られると

ペアレントから勧められたので行ってみる事に。

前回は見逃したこともあって興味津々。

わずかな時間ではあったけど、行った甲斐はあった。


遠野滞在2日目の朝。

天気は晴れ間が見え始め、気分が弾む。

今日は遠野周辺を散策。

相棒を4輪から2輪に切り替えて、

軽いフットワークで楽しむんだ、と。

朝食後、YHから近い場所にある

高清水展望台に向かう。

まだ日が高く昇らないのであれば、

雲の下に広がる町を見渡せる筈、そう思った。


地図を片手に着実に展望台への道へと進む。

少し上がる度に、積雪量が増える。

道路に僅かだった雪は

展望台の入口から3km程で膝上にまで。

車体が軽い分、締まった雪の上なら

深く潜ることも無く、そこそこに進む。

5kmほど来た所から徐々に展望が見えてくる。

しかし更に増す積雪量に車体よりも

人間のほうが限界点に近かった。


展望台までは行ってみたかったが、

若干天気の具合も良くなくなったので、戻る。

途中、幾つもの動物の足跡を見つける。

良く見渡すとあちらこちらに点在している。

やや上を見上げると、ウサギの姿がちらっと横切る。

そして後ろを見ればバイクの足跡と

自分の足跡もくっきり残っている。



早池峰神社にちかい「遠野ふるさと」村に行く。

滞在中は週末で、2月中は「どべっこ祭り」が開催中。

「どべっこ」はどぶろくの事だが、

それだけでは何かと問題ありきなので、

秋から冬の味覚も堪能できるようになっている。

この季節、観光人口は少ないのか、

人影を見ることが少ない。

その分村内では沢山の味覚と昔話を味わえた。

ほんのり暖かい雰囲気がちょっと離れられなくなる。


遠野でもまだ冬の真っ只中では有るけれど、

着実に春は訪れている。

雪融けも例年より若干早く、

河川の土手脇には名も無い植物の

小さな芽が育っている。

決して急がないが、ゆっくりではない。

しっかりとした歩みを続けている。


夕暮れ迫る遠野。山崎のコンセイサマを拝観し、

その足でデンデラ野に向かう。

辺りは踏み跡すらなく、私ひとりの世界。

田んぼの合間を縫う道もまだ覆い被さっている。

心には何か悲壮感にも近い印象を与えるような、

耳鳴りのような感覚が響いている。

それは昔ここに居る事を余儀なくされた人々の声か、

日が暮れる前に帰路を急ぐ鳥たちの鳴き声なのか。

あるいは強く吹く風の叫びなのか。


こうして遠野の2日目は終わった。

沈む夕陽と共に徐々に冷え込んでいく帰路へ向かい、

そしてまた翌日、早朝と共に出発し、

家路へと向かっていく。

山から海へ、海から山へ。

縦横無尽に駆け巡り、

全身で冬の風景を体感し、

そして春を迎える様子を伺う。

普段では通り過ごしそうなことも、

丁寧に拾い上げて見つめていく。


敢えて冬に旅することで

1年を通じて視野を広げることが出来る。

決して篭る事も無い、しかし辛い事が無いとは言わない。

旅における良いところ、悪いところが

際立ってみること、感じることが出来るのが冬である、

私はこの季節に、いつもそう思っている。

今回の様々なことを心の隅に置き、

再びその時が来るのを待ちつづけながら

ありふれた日常へと戻っていく。

冬支度もそろそろ春に衣替えする日は近い。

文・写真 : 山本賢史

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